5・31 東京大集会、東京地検激励、東京電力要請行動報告

2013年5月31日(金)13:30から、私たち福島原発告訴団は、福島原発事故の厳正な捜査と起訴を求めるために、日比谷野外音楽堂において、「福島の叫びを聞いてください!」をテーマに大集会を行いました。


 平日にも関わらず、全国各地から、1000人を超える参加者が集まり、熱気あふれる集会となりました。福島県内各地からの参加者7名がそれぞれの立場からの現状を叫びました。「被曝労働者の過酷な実態」、「復興策一色の政策への疑問」、「子どもの靴底に鉛を張ったり」、「外で遊べない子どもたちの様子」、「測定により、明らかになる被曝の実態」など、今も厳しい困難の中に生きる被害者としての思いを口々に語りました。


 続いて、全国からの叫びとして、広瀬隆さんをはじめ、全国のメンバーから、各地の被害実態や福島への連帯の言葉がありました。

 そして、「われらゆるがず」を参加者みんなで歌い、シュプレヒコールをあげて、東京地検の激励行動へと出かけました。


 東京地検前では、海渡雄一弁護士から、「この告訴の持つ意味」が語られ、佐藤和良副団長からの現状報告や福島からの参加者の「ぜひ、きちんと捜査をしてほしい!」という切なる訴えがありました。

 弁護士と代表が地検に入り、要請書と追加の署名を提出し、最終署名数は、108,763筆となりました。 地検前には新たな参加も加わり、通りを超えた反対側の歩道も人で埋め尽くされました。「福島の叫びを聞け!」「地検は起訴せよ!」と書かれたプラカードを掲げて、気持ちを一つにして、東京地検に向けて、激励のシュプレヒコールを挙げました。


 続いて、東電に対する要請行動を行いました。手渡された要請書に対し、東電原子力センター所長は、「確かに受け取りました。所内に伝えます。後日回答します」とコメントしました。弁護団の保田弁護士は「東電が自ら、証拠資料を提出し、真実を明らかにせよ」と要請をしました。


最後に武藤類子団長が、参加者に対して長時間にわたる行動への感謝を述べ、「みなさんが私たちの力です。今後もつながっていきましょう」と話しました。福島のメンバーは3台のバスで帰路につき、各地からの参加者はそれを見送り、原発事故被害の甚大さと責任追及の必要性を改めて感じながら、それぞれの場所へと帰っていきました。

福島原発告訴団の結束の固さを確認できる集会、行動であったと思います。


みなさまのご協力とご参加、ありがとうございました。


また、当日の会場カンパは総額523,714円となりましたことをご報告させていただきますとともに、厚く御礼申し上げます。

 

※福島原発告訴団本部サイト「5・31 東京大集会、東京地検激励、東京電力要請行動報告」 より転載

福島から佐賀へ避難されている木村雄一さんのスピーチ

みなさんこんにちは、第一次告訴人の木村ゆういちです。

 

生後間もない娘の人生を最優先し、妻と家族3人で福島県福島市大町から、九州の佐賀県へ自主避難しました。

 

九州では1次2次あわせて800人以上が告訴人になりました。

この活動には福島から福岡へ避難された、宇野さえこさんが中心に佐賀県や九州全域で呼びかけをし、多くの方が告訴人になって頂きました。

そして避難先で支援等、私が大変お世話になっている、佐賀の「玄海原発プルサーマル裁判の会」のみなさまに事務局を引き受けて頂きました、九州のみなさまには心から感謝しています。


福島原発事故直後、まったく原発についても放射能についても知識はありませんでした。

 

事故後チェルノブイリ事故から学び、原発事故から環境破壊、放射能汚染による内部ひばくを知り、「避難」しかない事を知り自主避難しました。

原発事故現場から出来るだけ遠くの九州佐賀県へ避難しました。

まず避難後すぐ自分の身体の変化と闘いました。

避難直後から疲れが取れない、やる気が起きない、そして半年後視力の著しい低下と目の異変、そして脳がグルグル回り、気絶するなどの健康被害が起こりました。

自主避難ゆえ必要最小限度の生活でしたが、やっと見つかった仕事も体調の問題で退職する事態になりました。

 

退職と同時に経済的に困窮し始めたのをキッカケに、無農薬の野菜を妻と避難者仲間と畑を借りて自ら作る事を始めました。

福島産の農産物は九州でも出回り、娘に安心な食材を与えたくて、妻の家族や仲間の家族へ九州の安心な野菜や食品を送る事も始めました。

ある時、福島の中通りから会津へ避難された母子が九州野菜を大変な思いで購入している事を知り、県外避難者が県内避難者を支援する野菜無料発送支援も始めました、もう1年が過ぎましたが現在も支援しています。

 

チェルノブイリ事故では5年経ってから本格的な避難が始まって健康被害が大きくなった事実も知り、自然豊かな離島で、東シナ海に面した魚の支援も始め、移住や避難・保養など受け入れ準備を今急いでいます。


現在九州で、原発事故で経験した講演会を通し、原発事故の恐ろしさ、自治体や国や電力会社は何もしない事、支援される側する側の気持ちを理解出来た事など、こどもの命を守る事の大切さをお話しています。

いつまで私が東日本支援が出来るか解りません、政治にも働きかけを行っていますが、動いてはくれませんでした。

ならば今度は政治でこの国を変えようと夏に挑戦する予定です。

しかし何故被害者の私がここまでやらなければいけないのか?

国も東電もなぜ積極的に被害者に対して誠意ある対応をしないのか?

この2年のあいだ自分の生活もままならない中で、ここまで人生を原発事故で翻弄され、路頭に迷ったままの2年3ヶ月です。

 

原発事故で多くの方は地獄に落とされました。これはあきらかな人災でありながら、誰も責任を取らないこの国、告訴しても未だに強制捜査など行わない、司法までもが正しい判断が出来ない国なのでしょうか?国民はどこに救いを求めればいいのでしょうか?東電の原発関係者は、ただちに逮捕されるべきであり、全財産を即時没収し 被害者の救済に充てるべき。検察は原子力産業と結託しているのか、いまだに内部捜索さえ行っていません。原発事故を警察・検察・裁判所・政府・国ぐるみで犯罪を行っているなど信じがたい事ですがそう感じています。

このまま捜査が行われないならば、この日本は必ず潰れてしまうでしょう。

 

告訴人になられた方や支援して頂いているみなさまと、ともに最後まで闘っていきたいと思います!

ありがとうございました。

5・31集会 決議文、全国各事務局からの発言

福島原発告訴団副団長・佐藤和良さんのブログより